流域に沈着した放射性物質の移動と消長に関する文献調査及び知見整理

研究概要

目的

平成23年3月、福島第一原子力発電所から大量の放射性物質が環境中に放出されました。その後、流域に沈着した放射性物質は、土壌へ蓄積したり、降雨での洗い流しにより下流へ移動したりしますが、それらの環境中での挙動に関する知見は十分整理されていません。

本研究では、森林、農地、市街地,河川における放射性物質の移動と消長に関する国内外の文献等情報収集を行います。収集した情報から、放射性物質の環境中での挙動に及ぼす影響因子や重要なプロセスを抽出し、短期および長期の両視点で、時間経過に伴う挙動の変化等の知見を整理します。

方法

日本水環境学会ノンポイント汚染研究委員会では、汚濁物質の環境動態に関する研究を行ってきました。今までの知識と経験を活かし、放射性物質の環境中での挙動に関係する国内外での文献を検索ツールを用いて収集しました。

検索において、対象放射性物質として“セシウム”を選定し,森林、農地、市街地のそれぞれの場所での挙動、河川や土壌での移動や消長、さらに将来予測のためのモデル化などの観点からキーワードを決め、重要な文献をリスト化しました。

収集した文献は、研究委員会のメンバーが読み、重要な情報を整理して示すとともに、モニタリングへの活用、流出挙動・流出経路の解明、除染の際の留意点について提言できるように整理しました。

研究概要図1

結果

・検索結果とデータベース化

国内外の学術論文を中心に、重要性の高い125件を抽出して、それらの文献抄録を作成しました。また、抽出した文献の情報をリスト化し、抄録自体のデータベース化も行いました。整理した知見がより多くの方に活用していただけるよう、文献情報だけでなく抄録についてもホームページ上で掲載が可能となったものから随時公開する予定です。

・検索結果とデータベース化

福島第一原子力発電所から多量に放出された放射性物質は広域に拡散して、森林だけでなく、農地や市街地などに沈着しました。

流域に沈着した放射性物質の多くは懸濁態として存在しており、降雨にともなう雨水の流出現象によって流域内を上流から下流へと移動します。最終的には河川を通じて沿岸域に到達し、沿岸の底泥に蓄積され、また微粒子であれば沖合へと輸送されていると考えられます。

今回実施した文献調査と知見整理を通じて、次のような提言と今後の課題を示すことができました。

提言1:環境中での挙動を明らかにするための「モニタリング」の実施

流域に沈着した放射性物質は降雨流出に伴い、河川を通じて湖沼や沿岸域などの水系へ流下・移動します。流域における放射性物質の将来の分布を予測するためには,流域単位での物質収支を考慮することが重要です。また,下記の点に留意した長期的かつ戦略的なモニタリングを実施する必要があります。

  • 森林、農地、市街地では、放射性物質の蓄積過程や保持状態、さらに流出の挙動は異なります。
  • 春先の雪解けや豪雨時の流量増加時には、懸濁態としての流出・移動量が急激に増加します。
  • 河川水中では低濃度であっても流量が多い場合は、下流へ移動する物質量を無視できません。
  • 半減期の長い放射性物質は、植物や水生生物へ移行、蓄積します。

提言2:時空間スケールの視点からの「流出挙動・流出経路」の理解

半減期、土壌粒子への吸着性などの性質は、物質によって異なります。そのため、短期および長期の視点で、下記の点に留意した放射性物質の環境中での流出挙動や流出経路を理解する必要があります。

  • pHや有機物濃度などの環境要因によって、放射性物質は環境中において溶存態、交換態、懸濁態と存在する形態が異なります。
  • 陸域から河川への流出や流下する過程において,放射性物質の形態が変化します。
  • 固相と液相の間での移行、土壌内での不動化などのミクロな現象と、陸域からの雨天時の河川への流出、河川中での流下過程における浮遊粒子と河床堆積物との間の交換や移動などのマクロな現象があります。

今後の課題1:戦略的な知見の蓄積とモンスーン地域での動態評価

環境省や文部科学省などにより、放射性物質の環境モニタリングや環境動態に関する研究が実施されています。モニタリングデータは公開されていますが、研究・調査結果は、現段階では限られたものしか学術論文や報告書となっていません。モンスーン地域で大量に放射性物質が環境中に放出された初めてのケースであることから、今後もこれらの最新成果を体系立てて戦略的に蓄積し、環境動態を評価、解析することが必要です。

今後の課題2:経験的なモデルから移流拡散等のメカニズムを考慮したモデル化

  • 流域レベルでの環境動態を予測する場合に、放射性物質の環境中での挙動を詳細に表現できるモデルが求められますが、詳細なモデルには、必然的に未知パラメータが多くなります。このため、再現性を確認できるようなモニタリングデータを今後も蓄積することが必要です。
  • 放射性物質の分配係数は、モデルにおける重要なパラメータですが、環境条件によりオーダーレベルで変化することが報告されています。今後、動態予測や対策効果をより定量的に評価するためには、分配係数を含め様々なパラメータを適切に設定し、移流拡散等のメカニズムを考慮したモデルを構築する必要があります。